マイアミ・ヒートのスリーキングス時代とは

2010年、マイアミ・ヒートは2人のスーパースターを獲得し、ビッグ3を結成しました。

ヒートが獲得したのはレブロン・ジェームズ(SF)とクリス・ボッシュ(PF)

これにヒートで活躍するスーパースター、ドウェインウェイドを加えた3人はそれぞれのポジションを代表する選手でこのビッグ3は「スリーキングス」と呼ばれました。

今では2016年に結成されたゴールデンステイト・ウォーリアーズのビッグ4に対抗して、各チームがスター選手を集めてビッグ3を結成することは珍しくなくなりましたよね。

しかし2010年当時のNBAでは、強引にスター選手をかき集めたヒートに対しての批判も大きく、レブロン・ジェームズには「裏切り者」のレッテルが張られることにもなり、マイアミ・ヒートはNBA界のヒール役となりました。

この流れは2016年の、ケビン・デュラントが移籍したウォーリアーズに似ています。突如としてリーグでも突き抜けた戦力をもったチームは批判されるという流れは、このスリーキングス時代に体現されていたともいえます。

NBA スリーキングス

出典:NBA.com

スリーキングスの結成

2010年,ヒートはFAとなっていたクリス・ボッシュを獲得。在籍していたトロント・ラプターズではPF/Cとして20得点、10リバウンド以上の結果を残し、NBA屈指のビッグマンでした。

2008年以降、チームを離れたCのシャキール・オニールの代わりを務められる選手は見つかるはずがなく、インサイドプレイヤーとして高い評価を得ているボッシュの獲得はファンにとっても喜ばしいことでした。

しかし程なくして更なるビッグニュースがNBA界に流れます。

それはクリーヴランド・キャバリアーズのエース、レブロン・ジェームズの獲得でした。

2007年にはコービーブライアントの持つ最年少の通算10000得点記録を大幅に更新し、2008年、2009年には2年連続でシーズンMVPを獲得したレブロンは、NBA最高選手の大物移籍として注目を集めました。

これによってレブロン・ジェームズ、クリス・ボッシュを獲得したマイアミ・ヒートは、ドラフト入団以来、ヒート一筋でプレーし続けてきたドウェイン・ウェイドとビッグ3を形成することになりました。

ウェイドは前々シーズン、オールNBA1stチームに入り、前シーズンには得点、アシスト、スティールの部門でリーグベスト10の選手に入る活躍、26歳という若さでマイアミ・ヒートの通算得点記録を塗り替えたウェイドもまた、NBA界におけるスーパースターの一人でした。

レブロンが移籍する前、ヒートにはウェイド、さらにボッシュの加入が決まっていました。2003年、ドラフト入団したレブロンでしたが、実はウェイド、ボッシュも2003年のドラフト組、2000年代最大の豊作と言われている2003年のドラフト組が終結する形となりました。

スター選手同士の談合とも言われたこの移籍騒動は、レブロンに大量のアンチをつけ、チームはNBAファン、メディアから批判されるけっかとなりました。

レブロンの移籍理由

ヒートと契約したレブロンは故郷のキャブスを離れ、裏切り者のレッテルを張られることになりました。しかしそれ以上に、優勝したいという思いが強かったのでしょう。

キャブスでは、得点、アシスト、リバウンドの全てにおいて貢献してきたレブロンですが、プレイオフは1人では勝ち抜けませんでした。毎年プレイオフ進出はするものの2008年はカンファレンス決勝、2009年にはカンファレンス準決勝で姿を消しています。

特に2008年のプレイオフ、ドワイト・ハワード率いるオーランド・マジック戦ではプレイオフ平均35.3得点の活躍にも関わらず負けてしまったことに対して、「チームは負けたが俺は勝った」と言い残して握手も交わさずに1人で帰ってしまいました。

レブロンがヒートに移籍した理由はただ一つ、勝てるチームで優勝したかった。それだけなのかもしれません。

2010-11シーズン

最強のチーム、優勝確実、と言われたチームはシーズン開幕後、波がありながらもビッグ3の強さを見せつけ、カンファレンス2位でプレイオフ進出を決めました。

しかしレブロン、ウェイドのプレイスタイルが被った状態のチームは完璧な状態とは言い難く、ファイナルでダラス・マーベリックスに敗北。

ファイナルで平均17.8得点と大きく得点を下げ、勝負弱さを見せてしまったレブロンはファンやメディアから激しく叩かれ、チームとしても、レブロン、ボッシュを獲得してビッグ3で挑んだシーズンでのファイナルの敗北は大きく非難される結果となりました。

2011-12シーズン

昨年と同じように戦っては勝てないと、ウェイドは主役をレブロンに譲り、自身はアシスト役に徹する決断を下し、レブロンはオフシーズンにポストムーブを練習するなど、チームの勝利のために必要な調整を行っていました。

シーズンMVPのレブロンを中心に、サポート役になったことでオフボールの動きを改善させたウェイドによって、チームは昨季と同じくカンファレンス2位でプレイオフに進出します。

カンファレンス準決勝でビッグ3の1人、ボッシュが怪我で離脱してしまうアクシデントがあったもののレブロンが奮起。4勝2敗でカンファレンス決勝に進みます。

ボッシュの抜けた穴は大きく、ボストン・セルティックスに対して2勝3敗で迎えた6戦目でまたもやレブロンが奮闘。45点15リバウンドをとったレブロンにウェイドも脱帽し、チームのエースをレブロンだとウェイド自身も認めレブロンにボールを譲る機会も増えるきっかけなりました。

ファイナルでは得点王のケビン・デュラント率いるオクラホマシティ・サンダーと衝突。デュラントが初戦に36得点を挙げるなど得点力の高さを見せつけます。しかし同じく得点力のあるレブロンはそれ以上にディフェンスでデュラントを抑え、次第に勢いを止められたサンダーは敗退。ヒートは4勝1敗で悲願の優勝を獲得しました。

2012-13シーズン

オフシーズンにNBA屈指の3ポイントシューター、レイ・アレンを獲得したヒートはさらに戦力を強化して2連覇を目指します。チームは昨季の勢いと安定感からシーズン27連勝を記録。レブロン最年少通算20000点の記録を塗り替えシーズンMVPを獲得し、ファイナル決勝まで順当に進出しました。

NBA レイ・アレン

ファイナルの相手はサントニオ・スパーズ、これまで4度ファイナルに進出し優勝を逃したことのなかったスパーズは、ティム・ダンカンを中心に完成度の高いチームとなっていました。

ビッグ3の地力の高さを見せつけますが、スパーズのディフェンスに苦しんだレブロンは、カワイ・レナードにFG率を33%まで下げられ2勝3敗で第6戦を迎えてしまいます。

第6戦ではレブロンが奮闘するもスパーズの戦略により優勢に進められ、残り28秒、点差は5点に広げられこのままスパーズが優勝すると思われた。しかしアレンの3ポイントシュートで同点に持ち込みオーバータイムで逆転勝ち。

近年のプレイオフでは間違いなく最も盛り上がった試合となり勝負は第7戦にもつれ込みました。

優勝が懸かった第7戦では、スパーズの徹底したディフェンスに対してレブロンが本来の得点力を爆発させ、試合終了直前までもつれた接戦で、レブロンがジャンパーを決めて勝利。

2連覇を達成しました。

2013-14シーズン

3連覇をかけて挑んだシーズン、チームは昨年の66勝から54勝と勝率を落としながらもプレイオフでは安定感を見せつけ、プレイオフ1回戦をスイープ、2回戦を4勝1敗、3回戦を4勝2敗でファイナルへ進出します。

ファイナルの相手は昨季、ファイナルで激戦を繰り広げたスパーズでした。リベンジマッチとなったスパーズは、安定したディフェンスに昨季以上に完成度の高いオフェンスを武器としていました。

徹底したディフェンスと流れるようなパス回しに対応できず、ウェイドも封じ込まれてしまい、レブロン1人で戦う結果となったヒートは1勝4敗での敗北となりました。

シーズン後、FAとなったレブロンがキャブスへの移籍を発表、スリーキングスと言われたビッグ3は解散することとなりました。

まとめ

レブロン、ウェイド、ボッシュがスリーキングスと言われた当時のマイアミ・ヒートは、一躍強豪チームになったものの、大きく避難されました。

しかし彼らが優勝した2012-13シーズンのプレイオフ程、見ごたえのある試合もなかったのではないでしょうか。レイ・アレンが同点の3ポイントを決め、7試合目でレブロンが決勝点をとって優勝したこのプレイオフは、今でも語り継がれていますよね。

今のNBAではケビン・デュラントがウォーリアーズに移籍して以来、優勝を目指すためにスター選手がチームに偏り始めています。

チーム間の戦力格差などの問題はありますが、スター選手が固まったチーム同士の試合はいつ見ても面白いものです。

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